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瘡蓋

教室の窓に貼られたポスターが少し傾いている。
誰かが一度貼り直したようなセロハンテープの跡が上部に残っている。
そこには大きく「富士山に登ろう」と書かれてあって、富士山を、ではないのかと考えていたら、またあそこの古傷がかゆくなってきた。

昨日、あまりにひっかきすぎたので皮膚科へ行ったら、掻かないように手をベットにくくりつけて寝なさいと言われたので、実際に男に頼んで手首を縛ってもらっていたら男が急に興奮してあたしを殴った。よくわからなかったが、男が笑っていたので怒っていないことは確かだった。
殴られている間にもあたしはずっとその傷をひっかいていた。

制服はそこだけ赤い斑点をいくつもにじませ、不思議な模様を作った。
禿げた背の低い男が黒板に向かって日露戦争の凄まじさを語っている。あたしは古傷を覆いかぶさるように乗っかったかさぶたを一枚ずつめくり、ノートの線に沿って並べていく。後から膨れ上がった血液が球状になって空気に触れて粘りを増していくのがわかる。満州の制覇を狙った日本軍が、と禿げた背の低い男がへたくそな地図を黒板に書こうとしている。その白い曲線を描いただけの黒板の地図は男性の性器のようだ。あたしの細胞があたしの身体を離れ、ノートの線の上でその存在を明らかにしている。こいつらはどこへ行くのだ、こいつらはあたしをなくして、どうやって生きていこうというのだ、ノートに整列した私の赤黒い細胞に向かって叫んでみた。
突然、黒板を平手で叩く音が響き、鈍い音がしたかと思うと隣の席にいた若い男が「痛てえ」と叫び頭を抱えた。禿げた男が何かを怒鳴りながらこちらへ近づいて来る。白いチョークの粉が若い男の足下に転がっていたのでそれを禿げた男が投げたのがわかった。あたしはずっとあたしの整列された細胞たちを見つめていた。おまえたちはあたしを置いておまえたちだけで腐って死んでいくのか、おまえたちの命はあたしのものだ。
禿げた男は若い男の首を掴み、椅子ごと引き倒した。周りにいた女が高い声をあげ、あたしのかさぶたが少し揺れる。
禿げた男は若い男の首を持ったまま引きずり、部屋のドアを勢いよく開けた。
その途端にドアから入ってきた風があたしのノートを吹き飛ばした。

 


あたしの細胞は、あたしの身体を離れこの世のどこかで今も腐り続けている。