読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

其の時の夜明け

さっきから私はこの町の雲行きが気になって仕方がない。

ギュルギュルと流れていく雲はさまざまな形に変化しながら私の視界の端から端を走る。
私の届かぬ世界では風は直線に流れていくと聞いた。
何処の角を曲がるわけでもなく、ただ真っ直ぐに。

うねる太陽の光とともに私たちの其の時の夜明けが始まる。


朝だ。
昨日の夜、大群の野生イノシシに狙いをつけていたオハイオのハンターたちは明日こそと今まで以上に念入りにスケジュールを練っていた。ハンターたちがこの暗くてジメジメしたジャングルに入ってから今日でちょうど一週間が経ち、長い間腐った熊の毛皮を被り体中の皮膚は黄色く変色し目はみな赤く腫れ上がっている。昨夜、それぞれのハンターたちの視覚と嗅覚が自分の存在をも腐乱し始めていた時、ついに大地に群がるイノシシの鳴き声が聞こえた。
朦朧とする意識の中で彼らにとって聴覚だけが、存在でありイメージの源である。
ハンターたちはまず、イノシシの性質を重視した。どんなに危機な時でも個別で逃走するイノシシはまずいない。走る時は必ず、前方に走る仲間の尻尾を目安にするのだ。それに彼らは目が良くない。尻尾と股間から発せられる嗅いに向けて突進する。先頭にいるイノシシを追い込めばこちらの勝利になると考えたハンターたちは、其の夜初めて安らかな眠りについた。
彼らの究極の眠りを引き裂いたのは、ものすごい音と共に見た凄まじい光景だった。
イノシシたちの群衆は朝日が昇ると共に、川のふもとで崖から落ちて死んでしまった。
朝日はゆっくりと高い山の陰から光を放ち、イノシシたちの勇気ある行動とハンターたちの疲れきった顔を照らして今日の一日がスタートする。


フランスにいる白髪と金髪が入り交じっている87歳の老婆は、毎日太陽が昇る前にパンを買いにいく。
いつもなら分厚い馬の皮でできた赤いブーツと白いニット帽を被って出かけるのだが、今日は何しろ孫の誕生日。腕を奮って得意なラズベリーパイムール貝のスープを作ろうと考える。
小さな目覚まし時計は今日も4時半にガラガラと音を立ててテーブルから転げ落ち、風邪をこじらした兎のように床で弱々しく震えている。彼女は毎朝、その兎を昨夜の鮭のムニエルとパンとコーヒーを並べながら蹴飛ばしている。
いつもなら1時間くらいかけてゆっくりとたいらげるのだが、今日は14分後には流し台に立っていた。さっき冷蔵庫を調べてみるとせっかく今日のために買っておいたムールとローリエの葉が無くなっている。何処を探しても見つからないのだ。
其の時彼女は直感でアイツだと思った。また、アイツがやってきたのだ。アイツは突然やってきて、常に何かを奪っていく。今日はまだムールとローリエの葉だけだから良い方だ。アイツは時々記憶まで奪っていく。気がつくと庭で裸で体操していたし、からっぽの水槽にセーターやらミルクやらレコードやらイチゴジャムやらをいっぱいになるまで押し込み出来上がった水槽をぼんやりとながめていたし、さっきまで何か同じことを必死に叫んでいたという意識がしっかりと喉の奥の方の痛みにひりひりと感じることもあった。
そんな時は彼女はゆっくりと深呼吸をする。
時間という流れを正確に捉えるために、今からの一時間のプランをものすごく細かく、そしてじっくりと練る。今から2分後、私はこの流れている水を止め急ぎ足で寝室に向かいタンスを開く、そして茶色のハイネックのセーターとエメラルド色のスカートをチョイスする、それがだいたい今から4分後。在り合わせの靴下と一枚しか持っていない白のウインドブレーカーをはおり化粧を始める、まずはマスカラからファンデーションに入り濃い赤の口紅を分厚く塗り最後に眉を書く、重要なのは目尻から山を作っていくことだ、化粧が終わるともう一回鏡で全身をチェックする、だいたいこの時が今から20分後。チェックは妥協を許さない、色のコントラスト、立体感、そして何よりも大切な今の自分の優越感と自尊心のバランス、すべてが完璧に揃うとそこから発声練習に入る、AAAAAーーーーFIN、FIN、FIN、フィンフィンフィン、アーーー、これを25分間続けていると頭の中には真っ白な雲しか残らない、ここで一時間が経過しているだろう。そうだ、ここで一時間だ。さあ、と顔を上げ予定通りにジャグジの水を捻ろうとした。
何かがおかしいことに気づいた。何か間違っていることが私の周りで起きている。まるで、雑誌の後ろのページでよくある間違い探しの二つの絵のように。どちらが真実なのか、わからない。私だろうか、それとも私を取り囲むすべての情景が本当の姿のだろうか、私が見ているのは何かが違う世界なのだろうか。私と、そこにいる私の分離が始まる。その割れ目を狙っていたかのようにアイツがすっぽりと入ってくる。水道からドロドロと流れ落ち真っ白な皿で弾け飛ぶ何かが何なのか、さっきから冷蔵庫からブーンと聞こえるのは私が飼っている巨大な虫なのだろうか、自分の顔に手を当ててみる、なぜ私の顔はこんなにもガサガサしているのだ、私はいったい何年間このキッチンに立っているのか、自分はもしかしたらサナギかもしれない、あちらからなにやら叫んでいるのは私の母親かもしれない、私はもう少ししたら体に何かしら変化があって美しい生き物に生まれ変わるのだ、そしてこの狭い暗い部屋を飛び出し大空に舞うのだ、ハッとした。老婆は小さな蠅が舞う黄色い電球を見ながら、にやりと笑った。其の時、彼女と、彼女のアイツが和解した。私は、まぎれもない私なのだと。私の周りで何が起ころうとも私は、私自身なのだ、それだけは誰にも邪魔はさせない、たとえ、何を失っても。
すぐに老婆はまだ薄暗いパリの夜明けに飛び出した。誰もいないいつもの坂道を駆け上がる。辺りはまだほんのりと夜の匂いが残り、やわらかな風が朝日の匂いを老婆の肌へと繋いでいた。汗が体中から吹き出してきた。
これだ、と彼女は思った。
この感じをずっと求めていたような気がする、初めて男に抱かれた次の日の朝にもこんな気持ちにはならなかった、初めて「トリコロールに燃えて」を映画館で見た時よりも、妊娠してその時の男がベットで愛してると言った時よりも、3番目の別れた暴力亭主が山で崖から落ちて死んだと新聞で発見した時よりも、借金して作った小さなパン屋に来た若い男が私を見てきれいだと言った時よりも、一番上の娘が30も離れた男と結婚したいと言い出し頼むから不幸な人生は選ばないでと泣きついた時に耳元でママ泣かないでと言われた時よりも、そして太陽はずっとそんな私たちを照らし続けているということに気づいた時よりも、彼女は感動していた。額に付いた汗を両手で拭うと、なぜか涙が溢れた。結局、こんなに簡単なことだったのに何十年も周り道をしながらようやく辿り着いたのだと思うと、どうしても涙がとまらなくなり、体の中から大量の言葉が喉をつたってあふれるように叫びだした。頭で処理できない言葉たちは自然と旋律をたどり、それは歌になった。彼女はその彼女の中にある見えないエネルギーに身を委ね、にわかに明るくなってきたパリの町を走り続けた。町が、朝日が、空が、鳥たちが、人が、「私」と共に歌っていた。「私」と「新しい私」との出会いを祝福していた。
しわくちゃになった両手を空にかざすとすっかり朝日の匂いを含んだ風が老婆をつつんだ。


なるべく、私は自分を探すようにした。毎日、毎日、一つずつ、自分という存在や原点を探し、問いかけた。その老婆のように革命を起こしたことも数え知れない。「もう一人の自分」と確実に区別し、決して和解はないと確信していた。こんなことをしてもどうなるわけでもない。ハンターたちのようにエゴと私の自尊心が猛烈に奮起したところで、私は満足した。私は今、その頂点を裸足で踏んでいるのだと錯覚しているのだ。

そして、私は今日もこの町の雲行きを見る。其の時の夜明けにはただ一定の風が流れている。